夢の樹が接げたなら  ★★★☆☆

今年17冊目。

夢の樹が接げたなら (ハヤカワ文庫JA)

夢の樹が接げたなら (ハヤカワ文庫JA)

一作一作にしっかりとしたテーマをもった8作の短編集。
特に後味の悪い衝撃作が「スパイス」で、一般名詞という言語学上の発明の偉大さがよく分かるのが「ズーク」
最後の「夜明けのテロリスト」は人間にできる全ての知的活動をコンピュータがこなせるようになった世界で、知的産業をヒトの手に取り戻すことを目指したテロ活動を描いていたのが、最後は宇宙誕生にまで至ってしまう展開の大きさには驚いた。


個人的に一番推しなのは表題作の「夢の樹が接げたなら」

ルードの言語をぼくらが日常で使っている言葉に移しかえることなんてできない。カナリアのための鳥籠でセント・バーナードを飼うのと同じくらい無謀な試みなのだ。コンテクストとして存在する事象のすべてがテクストに入り込む。つまり、視覚、聴覚、臭覚、味覚、皮膚感覚など、僕が身体のあちこちから取り込んだ情報、そして、心理状態が凝固し、絵のように静止する。(p.45)

詳しい話は物語を読んでもらうとして、要するに今目の前にある世界そのもの、あるいは目の前になくても構わない、とにかく自分が語る世界の全てを記述する言語についての物語であり、その物語を習得した人類は習得できない人類とは別の存在に進化したといえるくらいに知的能力が変わってしまうのだという。
一見他の物語と同様にあくまで空想上の物語であるかのように思えるけれど、これ、程度の差こそあれ実在するんだよな。
いわゆる「速読術」や「記憶術」と言われるものがこれに相当する。
高校生の頃少しだけかじったんだけど、速読術や記憶術って、対象となる文章を読むときに、一文字一文字を追いかけて文章として構成して、そこから意味をくみ取って理解するわけじゃないんだよね。
1ページ全体をそのまま映像として見て、さらにはその時の周りの景色や匂い、音などもセットで覚えこんでしまうことでページごとまるっと記憶する。
完全にマスターした人はほとんど手を止めることなくページを繰っていくだけで本の内容を把握してしまえるらしいよ。
あれができるようになった人が多数派に、そこまでいかなくともある一定数以上になったら、確かにできない人たちは端にどけられてしまうのかもしれないね。
恐ろしい話だ。


…恐ろしい話だ、で切ったけれど、この短編集はそういう読後感の話が多い。
それだけ強烈なメッセージ性を持っているということなんだろうね。