LS21「インフルエンザ治療に関する最新の話題」

第一三共主催のLSだからイナビルまんせーな宣伝講演かとなめてたらとんでもなかった。
東北大の渡辺教授によるとっても興味深いインフルのお話だった。


まずfluはいつからあったのかというお話。
記録に残る最古のものとしてはBC430−427、アテネ/スパルタのペロポネス戦争を終わらせたのがfluらしき病の流行であったというもの。
同じく戦争を終わらせたfluとして記憶に新しいのは90年前に第一次世界大戦を終わらせたのがスペイン風邪
アメリカの場合戦死者3万人に対してfluによる死者が9万人に上ったとされる。*1
BC412にはあのヒポクラテスもfluらしき疾患についての記録を残している。
日本最古のものとしてはAD862「三大実録」という文書に記載があるらしい。


昨年の新型fluに関しては、アメリカのスーパーでの取り組みも紹介。
「flu shots 10% off!!」
これは「うちのスーパーでfluの予防接種をうったら次の買い物は10%offしますよ!」というもの。
アメリカでは医師や看護師、薬剤師の手によってスーパーでも予防接種がうてるのである。
こんな風に予防は一生懸命やったアメリカであったが、タミフルの早期服用などが徹底されなかったために治療が追いつかず、結果として多数の死者、重症患者を出してしまうことになった。
人口10万人に対する死亡者数は世界1位のアメリカが3.96、第2位のカナダではうんと下がって1.32、以下どんどんと下がっていき、世界で2番目に死亡者数が少なかったドイツで0.31、日本ではさらにその半分、0.16であった。
「医学」ではアメリカが一番でも「医療」では日本が世界一イイィィィィッッ!!!*2
日本において世界で断トツに少ない死亡者数が達成されたのは医療のフリーアクセスと、何より疑い例を含めた全例に対してタミフル/リレンザの早期投与を推奨したことが大きい。
日本では昨年9月15日には上記の勧告を出していたのに対し、WHOは8月20日に、CDCは10月8日に「健常成人に対する抗Virus薬は不要」という声明を出していた。
当時「日本の方針は世界のスタンダード(=WHO声明)に逆行している!」という批判が日本感染症学会にも寄せられたが、今年2月になってWHO、CDCともに日本の方針に転換する声明を出した。
アメリカ国内を対象とするCDCはともかく、全世界を対象とするWHOの声明についてはタミフル/リレンザを潤沢に使うことのできない発展途上国も加味したものであり、必ずしも日本の医療において絶対視するべきものではないという一例である。
またCDCが誤った声明を出したことが、アメリカが世界一の被害を被った一因となった。
アメリカで被害が拡大したことのもう一つの原因として、アメリカの保険制度も指摘された。
アメリカではCDCの声明により、若年者の外来でのタミフル使用は保険適用外*3となり、このことがアメリカにおいてタミフルの早期服用を決定的に妨げることになった。
それによって、アメリカではfluが重症化して初めて受診をするため、タミフル服用開始が必然的に遅くなる。
この受診開始は平均して発症4日目であったといい、重症だからといってこの段階からタミフルを大量に投与したとしても、当たり前*4のように効果が出ず、被害が拡大することとなった。
ところで「タミフルの若年者への使用は避けるべき」という意見の根拠になった「安易な使用は耐性Virusの発生を促進する」というものだが、タミフル耐性Virusが初めて検出されたのは、世界で断トツのタミフル使用量をほこる日本ではなく、実はノルウェーであった。
最近に対する抗生剤の適正使用と同様に、耐性Virusを生み出すのは抗Virus薬の「不適切な使用」であり、単純に「使えば使うほど耐性化する」わけではないと言える。


その耐性についても面白い話があった。
タミフル耐性Virusに対するタミフルの効果だが、15歳未満のタミフル耐性株感染患者にはタミフルを投与しても効果が弱いのだが、16歳以上では問題なく有効であったというのだ。
どうやらタミフルは単独で抗Virus作用を発現しているわけではなく、免疫力を補助するような形で効果を発現しており、既にfluに対してある程度の免疫を有している成人に対してはタミフル+免疫力の双方が効果を発現するためタミフル耐性株であってもタミフルが有効に作用するようなのである。


抗インフルエンザ薬としてはこれまで、シンメトレル(ノバルティス)、タミフル(ロシュ)、リレンザ(GSK)の3剤が使われてきた。
今年になってラピアクタ(塩野義)が登場し、間もなくイナビル(第一三共)も発売、そしてFavipiravil(富山化学)が治験の最終段階にきている。
ラピアクタとイナビルは一回投与型でありコンプライアンス100%が保証される製剤。
Favipiravilは5日間投与型の製剤であるが分子量が極めて小さく、高い安全性が期待される。
効果についてはA/H1N1pdm2009に対してタミフルリレンザ<イナビル<Favipiravilという報告がある。
ここで注目すべきは、新薬剤は3点とも日本のメーカーが開発しているということであり、抗インフルエンザ薬開発においては日本が最先端に位置しているということである。
やっぱり1番でないt(ry
それでは今シーズンの使い分けは?となると、やはり基本的にはエビデンスの豊富なタミフル/リレンザが第一選択。
重症例や吸入不可例で点滴のラピアクタ
イナビルはあくまで補佐的な位置づけになるだろうとのこと。
また「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」が日本感染症学会のHPよりDLできる。
この中では10代に対してもタミフルの投与を推奨している。
根拠としてインフルエンザ症例における異常行動の発現率をレトロスペクティブ解析していて、タミフルありでは11%(840/7438)、タミフルなしでは13%(286/2228)という結果が示されている。
タミフル投与なし群」では「タミフル投与あり群」と比べて軽症者が多いことも考慮すると、やはり異常行動はインフルエンザ脳症によるものではないかということである。
ちなみにラピアクタ、イナビルではタミフルよりもさらに異常行動が少なく、発症早期からの服用を積極的に推奨して良さそうである。


最後に予防接種のお話を少々。
ある地域において学童に対するインフルエンザワクチンの接種数と、高齢者における肺炎球菌による死亡数が逆相関したという報告。
これは、学童におけるインフルエンザの流行が抑えられたことで高齢者への感染も減少し、インフルエンザによる肺炎が減少したことによるとみられる。
また高齢者に対するインフルエンザワクチン接種は、心疾患や脳血管疾患による死亡リスクも下げる。
これも同様で、インフルエンザによる全身状態悪化が心疾患や脳血管疾患の発作発現を招くことをワクチンが抑制したためと考えられる。
インフルエンザ感染と肺炎球菌・黄色ブドウ球菌性肺炎の発症は比例関係にあり、肺炎球菌ワクチンを接種することでも高齢者の死亡数、入院数を減少させることができるという報告も出ている。
以前は肺炎球菌ワクチンは一生に一度しか保険適用されなかったが、昨年10月より再接種が解禁となった。*5
医療経済的に見ても「治療」より「予防」の方が有効であり、とりあえずインフルエンザや肺炎球菌のワクチンは接種しておきましょうというお話。

*1:スペイン風邪の死因は細菌性肺炎が全体の96%を占め、70%は菌血症を起こしていた。これはアジア風邪や香港風邪でも同様であった。
  昨年の新型fluでは90歳以上の死亡が少なかったとされるが、スペイン風邪でも70歳以上の死亡は少なかった。このことは、去年の新型fluとスペイン風邪のVirusの遺伝子が似ていたことと併せて考えると、A型fluの抗原の変異がある一定周期で循環しているという抗原循環説の根拠となっている。
  去年の新型fluによる若年者の死因は、巷で言われていたような「サイトカインストーム」などではなく、有効に免疫が機能できなかったことによるというのが渡辺先生のお考え。

*2:ここで「やっぱり1番じゃないといかんのです!2番ではいかんのですよ!」と先生力説。

*3:入院以上の重症例では保険適用

*4:タミフル/リレンザの薬効はVirusの「増殖を抑えること」であって、増殖して重症化してからでは意味がない

*5:以前使われていた14価肺炎球菌ワクチンは2年以内に再接種すると重篤な副反応が出やすかったため再接種禁忌とされていた。しかし現在使われている21価肺炎球菌ワクチンではそうしたことはなく、英・仏・独では5年ごと、CDCは10歳以下に3年ごとの再接種を推奨している